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黒から色が見えてくる
先々週、お母さんの勘違いで開催前だった展覧会が始まっていたので、頂いた招待券を握り締めて再び行ってきました

展覧会は、「智積院講堂襖絵完成記念  田渕俊夫展」。
真言宗智山派の総本山である総本山智積院。
その講堂の襖のために描いた60面の襖絵を、一堂に披露する展覧会でした。

NHKの「新日曜美術館」で放送されたこともあって、時折雪も混じるというあいにくの空模様だったというのに場内はとても賑わっていました。
100号サイズの作品でも、人がその前に立ってしまえば、どうしても作品が見づらくなって、作品の前に人だかりができはじめるんだけど、今回は襖絵ということで、もともと“飾ること”と“使うこと”を踏まえた上で制作されていることもあって、とてもゆったりと見ることが出来ました。

江戸時代の古墨と筆2本で描いたという襖絵のテーマは「四季」。
講堂の部屋の名前から作者が連想をしたという四季の自然は以下の通り。

春は、満開の枝垂桜と芽吹いたばかりの柳。
夏は、葉を広げる欅の木と、まっすぐと伸びる青々しい竹。
秋は、たくさんの実をつけた柿の木と、晩夏〜晩秋までの経過を見事に描き出したススキの原。
冬は、雪がしんしんと降り積もる雪景色を2枚。
そして、朝陽と夕陽。

どの作品も、その景色の中に吹く風とか漂っている空気感が見事に描きこまれていました

濃淡をつけた墨一色で描いているんだけど、ずっと見ているとその植物の「色」が浮き出てくるように見えるから不思議。
それは、いろんな色を混ぜ込んで出来る黒という色がもつ力と、植物の生命力を描ききった田淵さんの画力、そして日本人が持つ自然に対する共通的なイメージと美意識がうまくかみあわさってこそのマジックのようにも思えました。

一緒に行ったお母さんが、朝もやけむる「朝陽」と夕焼け空の「夕陽」を見ながら、
「こうしてみると、“生まれる”っていうのは“瞬間”だけど、“死ぬ”っていうのは“時間の経過”が必要なことなのね」と言っていたのが、とても印象的でした。

人間、いつかは死ぬわけだけど、それがいつの話なんてわからないし、私のこの年ではとても自分が死ぬことなんて想像できない。
でも、その言葉を聞いて、「今こうしている時間も、自分の死に向かって刻々と進んでいるんだよなぁ」と思った次には、「どんな風に過ごせばこの絵のようなキレイな夕暮れを迎えられるかな?」と考えました。
きっと隣にいたお母さんも、同じようなことを考えてたんじゃないかな?


art 23:32 comments(0)
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